2017年末頃から、東グータ地域では、政府軍による攻撃が激しくなっており、一般市民が犠牲となっていることが報道されています。
ただ、東グータ地域が包囲されている理由や、地域内に取り残された人々の状況については、把握しづらいなと感じてきました。
そこで、本日から数回に亘り、「東グータ地域の包囲」を題材としてブログを書きます。
今回は、東グータ地域の概要、“包囲された地域”という表現の意味、東グータ地域が”包囲”され始めた時期、について触れます。
東グータ地域の概要
まず、「東グータ」と呼ばれている地域について、簡単にご紹介したいと思います。
場所
首都ダマスカスの郊外に位置しています。
隣接している地域全体が、「東グータ地域」と呼ばれています。
広さ
約100平方キロメートルの大きさで、以下の4つの地域から成っています。
- Ein Tarma (Markaz Rif Dimashq District)
- Al-Bahariyah (Douma District)
- Hamouriyah (Markaz Rif Dimashq District)
- Otaybah (Douma District)
人口
2017年12月時点で、393,000人が住んでいると言われています。
うち、99,500人(約25%)は東グータ内で国内避難民となっています。
東グータ地域から出ることが許されないため、東グータの別の地域へ逃げている人々です。
例えば、住んでいた家が戦闘に巻き込まれて破壊された、戦闘の前線が迫ってきたため、家に住めなくなったという人々などが、国内避難民になっています。
”包囲された地域”とは?
次に、“包囲された地域”という表現について、その意味を説明したいと思います。
国連は、「武装主体が取り囲んでおり、人道支援のアクセスが許されず、病気や怪我をした住民が定期的に出ることができない地域」のことを、”包囲された地域”としています。
ここで言う”武装主体”というのは、反政府武装勢力やイスラム国のみでなく、政府軍も含めています。
ですので、
1)武装主体が取り囲んでいる、
2)人道支援目的でのアクセスが許されない(制限されている)、
3)病気や怪我をした住民が治療目的で域外へ出ることが許されない
という3つの環境が揃うと、“包囲された地域”と呼ばれることになります。
東グータ地域は、いつから“包囲”されているのか?
2013年4月から、シリア政府軍により包囲されています。
この時期から、シリア政府は、東グータ内への人道支援のための人やモノの往来を制限するようになりました。
それと同時に、地域内を空爆やミサイルで攻撃しはじめました。
これまで、数千人が亡くなっていると言われており、東グータ内で包囲されている住民の健康状態は、大幅に悪化していると言われています。
まとめ
以下、簡単にまとめます。
– 東グータ地域は、ダマスカス郊外に位置しており、100平方キロメートルの大きさである。
– 国連の定義では、1)武装主体が取り囲んでいる、2)人道支援目的でのアクセスが許されない、3)病気や怪我をした住民が治療目的で域外へ出ることが許されない、という3つの条件を満たすと“包囲された地域”と呼ばれることになる。
– 2013年4月から、東グータ地域は政府軍により”包囲”されており、支援へのアクセスが制限されるようになった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
参考資料:
Syria: Factsheet – East Ghouta (UNOCHA, 2017.12.8)
The man-made disaster in Syria’s Eastern Ghouta (IRIN, 2017.12.19)
Besieged communities (OCHA, 2017.12.19)